「うちは揉めない」は本当?家裁で争われた相続の約78%は遺産5,000万円以下

「遺産は自宅と少しの預貯金だけだから、揉めるはずがない」「兄弟仲も良いし、話し合えば解決する」——そう思っていませんか?

実は、家庭裁判所で争われる相続トラブルの多くは、ごく一般的なご家庭で起きています。分けにくい「不動産」という資産の性質、生前の貢献をめぐる対立、そして話し合いがまとまらないまま申告期限を迎えたときの税務上の大きなペナルティ。「普通の家庭」こそ知っておきたい相続の盲点を、公的な統計と制度にもとづいて解説します。

統計が示す現実:家庭裁判所で分割内容が決まった相続争いの約78%は「遺産5,000万円以下」

「相続争いは、資産家だけの問題」というイメージがあるかもしれません。しかし、最高裁判所が公表する令和7年「司法統計年報(家事編)」第52表(遺産分割事件のうち認容・調停成立件数〔「分割をしない」を除く〕―遺産の内容別遺産の価額別―全家庭裁判所)によると、同年に家庭裁判所で認容・調停成立に至った遺産分割事件8,321件の内訳は次のとおりです。

遺産分割事件(認容・調停成立)の遺産価額別割合 令和7年・全家庭裁判所 総数 8,321件 1,000万円以下 約35% 1,000万円超〜5,000万円以下 約42% 〜1億円 約11% 1億円超 約7% 算定不能等 約4% 合わせて6,457件・約78%が遺産5,000万円以下 出典:最高裁判所「令和7年 司法統計年報(家事編)」第52表をもとに当事務所作成
1,000万円以下が2,938件(約35%)、1,000万円超〜5,000万円以下が3,519件(約42%)。合計6,457件・約78%が「遺産5,000万円以下」のご家庭のケースです。なお「1億円超」は、統計上の「5億円以下」541件と「5億円を超える」60件を合算しています。

ただし、この8,321件は家庭裁判所で終局した遺産分割事件のすべてではありません。第52表は、終局した事件のうち裁判所が分割の内容まで決めた事件(認容・調停成立)だけを集計したものです。調停が不成立に終わった事件、取り下げられた事件、調停に代わる審判で終わった事件は含まれていません。もちろん、当事者間の話し合いで解決したケースや、泣き寝入りしたケースといった潜在的なトラブルも対象外です。

⚠ この数字の読み方

「78%」の分母は、あくまで家庭裁判所で分割内容が決まった事件です。そもそも日本では相続税の課税割合が約1割(令和6年分で10.4%・国税庁)であり、相続全体の大半は5,000万円以下の規模です。したがってこの統計だけをもって「遺産が少ない家庭ほど揉めやすい」と言い切ることはできません。言えるのは、「遺産が少なくても、裁判所まで持ち込まれる争いは現に数多く起きている」ということです。それだけでも、「うちは少ないから大丈夫」という前提を見直す十分な理由になります。

なぜ揉める?遺産に占める「不動産」の比重と「民法」の壁

遺産の多寡にかかわらず揉めやすくなる大きな要因は、遺産の大部分が「自宅(不動産)」で占められている点にあります。預貯金のように1円単位で切り分けることができないため、誰が自宅を相続するのか、あるいは売却するのかで意見が対立しやすくなるのです。とりわけ遺産総額が小さいご家庭では、不動産以外に代償金に充てられる預貯金が乏しく、この対立が解きほぐしにくくなります。

「分けやすい遺産」と「分けにくい遺産」 預貯金 ¥ ¥ ¥ 1円単位で公平に分けられる ○ 自宅(不動産) 物理的に切り分けられない ✕
遺産に占める不動産の割合が高いほど、「誰が住むか」「売るか残すか」で意見が割れやすくなります。

遺言書がない場合、遺産の分け方は相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で決めることになります。民法第907条は、共同相続人がその協議によって遺産の全部または一部を分割できると定めており、協議が調わないときは家庭裁判所に分割を請求する(調停・審判)ことになります。つまり実務上は、相続人全員の合意がなければ遺産は動かせないのです。

そして話し合いの場では、特別受益(生前の贈与など・民法第903条)や寄与分(介護などの貢献・民法第904条の2)をめぐる主張が対立すると、法定相続分どおりの分割が難しくなり、協議は長期化します。これらは客観的な証明が難しく、感情論に発展しやすいため、生前の対策が極めて重要です。

⚠ 遺言書があれば万全、ではありません

遺言書はトラブルを防ぐための有効な手段ですが、「遺言書さえ書いておけば100%トラブルを防げる」とは断定できません。内容や書き方によっては、かえって争いの火種になることもあります。

未分割のまま期限を迎えると、相続税の「特例」が使えず大損するリスクも

相続税には、基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)が設けられています。正味の遺産額がこの基準を超える場合は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告が必要です(国税庁タックスアンサーNo.4102・No.4205)。

✦ 基礎控除以下でも「申告ゼロで安心」とは限りません

基礎控除額以下であれば原則として申告は不要です。ただし、「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」を適用した結果として税額が0円になる場合は、申告書の提出が適用の要件です。「特例を使えば税金がかからないから申告もしない」は通用しない点にご注意ください。また、税金の有無にかかわらず遺産分割協議そのものは必要であり、揉めるリスクが消えるわけでもありません。

問題は、相続税の申告が必要であるにもかかわらず、申告期限(10ヶ月)までに遺産分割がまとまらない場合です。未分割のまま期限を迎えると、いったん法定相続分で財産を取得したものと仮定して申告・納税を行わなければなりません。このとき、当初の申告では次の特例が適用できません。

  • 配偶者の税額軽減——配偶者が取得した財産のうち、法定相続分相当額または1億6,000万円のいずれか大きい金額まで相続税がかからない制度(国税庁 No.4158)
  • 小規模宅地等の特例——一定の要件を満たす自宅の敷地などの評価額を最大80%減額できる制度(国税庁 No.4124)

いずれも税負担を大幅に軽減できる強力な特例です。これらが使えないまま法定相続分で申告することになれば、一時的に高額な納税が発生するリスクが生じます。

救済策としての「申告期限後3年以内の分割見込書」

万が一、申告期限までに分割がまとまらない場合でも、救済措置が用意されています。当初の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出しておき、申告期限から3年以内に分割がまとまれば、特例を遡って適用できます。その際は、分割が確定した日の翌日から4ヶ月以内に「更正の請求」を行うことで、納めすぎた税金の還付を受けられます。

未分割のときの手続きと期限の流れ 相続開始 (死亡を知った日) 10ヶ月 申告期限 法定相続分で申告・納税 +「分割見込書」を添付 3年以内に分割成立 分割確定 4ヶ月以内 更正の請求 特例適用で還付 3年以内に分割できないとき(裁判上の紛争など「やむを得ない事由」) 3年を経過する日の翌日から2ヶ月以内に、税務署へ承認申請を行うことで 期限をさらに延長できる特例があります(承認は厳格に判断されます) 分割できなかった場合
「分割見込書」は当初の申告期限内に添付して提出しておくことが大前提。その後、分割確定→4ヶ月以内の更正の請求、という流れで特例を取り戻します。
⚠ 添付し忘れると、原則として取り戻せません

「申告期限後3年以内の分割見込書」を当初の申告書に添付していないと、後日分割がまとまっても、原則として配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例は適用できなくなります。未分割での申告が見込まれる場合、この一枚の添付が数百万円単位の差になることもあります。

また、3年以内に分割できない場合であっても、裁判上の紛争など「やむを得ない事由」があるときは、3年を経過する日の翌日から2ヶ月以内に税務署へ承認申請を行うことで、期限を延長できる特例もあります。ただし、これらの手続きは非常に厳格に判断されるため、個別の状況に応じた事前の確認が不可欠です。

まとめ:泥沼化を防ぐために、今すぐできること

「うちは普通の家庭だから大丈夫」という過信こそが、将来の「争族」を引き起こす最大の引き金になりかねません。分けにくい不動産がある場合や、相続人間の主張が食い違いそうな場合は、生前のうちからご家族で話し合い、民法第906条に定める遺産分割の基準(財産の種類・性質、各相続人の年齢や生活状況など一切の事情の考慮)を意識した対策を進めることが大切です。手遅れになる前に、まずは専門家へご相談ください。

ひとつでも当てはまったら、備えを始めるサインです

  • 主な遺産が「自宅(不動産)」で、分け合えるほどの預貯金が少ない
  • 相続人の中に、生前に特別な援助(住宅資金の援助など)を受けた人がいる
  • 親の介護や家業の手伝いなど、特定の相続人による貢献(寄与)がある
  • 家族の間で、将来の相続や実家の処分について具体的に話し合っていない
  • 遺産総額が「3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数」を超える可能性がある
「うちは大丈夫」と思っているご家庭こそ、事前の備えが重要です

当事務所では、ご家族の状況に合わせた最適な生前対策や遺産分割のご相談を承っております。
少しでも不安を感じられたら、お気軽にお問い合わせください。

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参考資料(公的情報源)

※この記事は一般的な情報提供を目的としており、記載の統計・制度は執筆時点の情報にもとづきます。具体的な相続税額の算出や個別の税務判断、不動産の評価等については、必ず事前に税理士等の専門家にご相談・ご確認ください。

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