このシリーズも、今回で最終回です。
第1回では、勤務時代はAIを触る時間すらなかった私が、独立してから使い始めた話を書きました。第2回では、会計業務で実際に何をAI化したのかを。第3回では、経理以外の仕事にまで使う範囲が広がっていった話を書きました。
最終回の今回は、少し引いた視点から、「AIに任せる仕事」と「人にしかできない仕事」について書いてみたいと思います。
気がつけば、私がAIに頼んでいる仕事はずいぶん広がっていました。
- 給与資料から仕訳を作る
- PDFやExcelから、会計ソフトに取り込むCSVを作る
- 数字の差額を探す
- メールの下書きを書く
- ブログの構成を一緒に考える
- 市場調査をする
- ホームページやSNSについて相談する
- 簡単な業務システムまで作ってみる
ここまで来ると、こう思われる方もいるかもしれません。
正直に言えば、私も使い始めた頃は少しそう思っていました。
でも、実際の仕事で使えば使うほど、今はむしろ逆のことを感じています。
AIに任せられる仕事が増えたからこそ、人にしかできない仕事が、以前よりはっきり見えるようになりました。
AIが得意な仕事は、思っていたよりずっと多い
毎日使っていると、「こんなことまでできるのか」と驚く場面が何度もあります。
- 大量の数字を整理する
- 文章のたたき台を作る
- 複数の資料を見比べる
- 長い資料を要約する
- 選択肢をいくつも出す
- Excelのデータを加工する
- 決められた形式のCSVを作る
- アイデアを何十個も出す
人がやれば30分、1時間とかかる仕事が、数分で形になることもあります。
しかもAIは疲れません。同じことを何度頼んでも、嫌な顔をしません。
何度でも付き合ってくれます。この遠慮のいらなさは、実務でかなり効きます。人に頼むときは、どうしても「これくらい自分でやろう」と抱え込んでしまいますが、AIにはその気兼ねがありません。
こうした仕事については、これからさらに任せられる部分が増えていくと思います。
でも、AIは「その会社のこと」を本当の意味では知らない
一方で、使っていると限界もよく見えてきます。
たとえば会社の数字について、「利益が減っています」「人件費が増えています」「この費用が前年より高くなっています」と分析することはできます。数字の上で起きていることを言葉にするのは、AIの得意分野です。
でも、そこから先はどうでしょうか。
- なぜ人件費が増えたのか
- その採用は、本当に必要だったのか
- 社長がこれから何をしたいと思っているのか
- 今の従業員が、どんな状態なのか
- 取引先との関係は、どうなっているのか
会社の中で実際に何が起きているのかは、数字だけでは分かりません。
同じ「赤字」でも、意味はまったく違います。
AIは数字を整理することはできても、その数字の背景にある「事情」まで分かるわけではありません。
事情を知っているのは、社長ご本人と、そばで話を聞いてきた人だけです。
税務でも、最後に必要なのは「判断」
これは税務の仕事でも同じです。
AIに「この取引はどの勘定科目になりますか」「この場合の税務処理はどうなりますか」と聞けば、候補は出してくれます。制度の内容を整理してもらうこともできます。調べものの入口としては、本当に助かっています。
でも、実際の税務判断では、いくつものことを確認します。
- 契約の内容
- 取引の実態
- 過去にどう処理してきたか
- 会社側の事情
- 証拠として残っている資料
そのうえで、「この会社では、こう処理するのが妥当だ」と判断します。
そこには責任が伴います。
「AIがそう答えたので、そのまま処理しました」では済まないのが、私たち専門家の仕事です。
だから私は、AIを使うようになってから、専門家の知識がいらなくなるとは思わなくなりました。むしろ逆です。
AIの答えが正しいかどうかを見抜ける知識のほうが、以前より重要になったと感じています。
AIは、それらしい顔で間違えることがある
もう一つ、忘れてはいけないことがあります。
AIは間違えます。しかも、とても自然な文章で間違えます。
一読すると「なるほど」と思ってしまうような答えでも、調べ直すと違っていることがあります。数字を読み違えることもあります。資料の一部を見落とすこともあります。こちらの指示を、少しずれた形で受け取っていることもあります。
ですから私は、AIが作ったものを、そのまま完成品だとは考えていません。
これは、会社でAIを導入するときにも大事なことだと思います。
「AIに任せた」で終わりにせず、誰がどこを確認するのかまで決めておく。そこまで含めて、はじめて仕組みになります。
AI導入は、人を減らすための話ではないと思う
「AIで業務効率化」という話になると、どうしても「何人減らせるか」という方向に流れがちです。
でも私は、少し違う考え方をしています。
AIを使って減らしたいのは、人そのものではなく、人がやらなくてもいい作業です。
- 同じ数字を、何度も入力する
- PDFを見ながら、Excelに転記する
- Excelを見ながら、会計ソフトに入力する
- 毎月同じ形式の資料を、一から作り直す
- 何十件もの数字を突き合わせて、差額を探す
これを人が何時間もかけて行う必要が、本当にあるのか。私はそこを見直したいと思っています。
作業が減って生まれた時間を、別の仕事に回せるのなら、それは人員の削減ではなく、仕事の中身の入れ替えです。
人には、もっと人にしかできない仕事をしてほしい
私の事務所であれば、資料を入力することよりも、こういう仕事のほうが大切だと思っています。
そして、実際にお客様へ連絡する。
入力や整理をAIに任せることで、スタッフにも数字の向こうにいるお客様を見る時間を増やしてほしいと思っています。
気づける人は、数字を見る時間があるから気づけます。作業に追われていると、目の前の数字を「合っているか」だけで見てしまいます。そこに余白ができると、「この数字は何を意味しているのか」を考えられるようになります。
「話を聞く」は、やっぱり人の仕事
税理士として仕事をしていると、相談の内容は税金の話だけとは限りません。
そんな話を聞くこともあります。
数字だけを見れば、「こうしたほうが効率的です」という答えは出るかもしれません。
でも経営は、それだけではありません。会社にも、社長にも、それぞれの事情があります。ご家族のこと。従業員のこと。これまで積み重ねてきたもの。これからやりたいこと。
そういったことを聞いたうえで、「では、どうしていきましょうか」と一緒に考える。
ここは、AIだけでは代わりにくい仕事だと思っています。
経営者も、AIに全部任せる必要はない
これは経営者の方にも同じことが言えます。
AIは、価格案を出せます。採用案も出せます。広告文も作れますし、市場を調べることも、経営分析をすることもできます。
でも、その先があります。
- その価格で、本当に売るのか
- その人を、本当に採用するのか
- その事業に、本当に投資するのか
最後に決めるのは経営者です。
つまりAIが発達するほど、経営者の仕事は「作業」から「選ぶ」「決める」「責任を持つ」ほうへ移っていくのではないかと思います。
浮いた時間を、何に使うか
私は、ここがAIを使う一番の価値だと思っています。
AIを使う目的は、1時間の仕事を10分にすることだけではありません。そこで浮いた50分を何に使うかが重要です。
経営者の方なら、こんな使い方ができます。
- 新しい事業について考える
- お客様と話す
- スタッフと話す
- 会社の将来を考える
- 専門家に相談する
- ご家族と過ごす
- 休む
経営者は、どうしても忙しくなります。目の前の仕事に追われていると、本当は考えなければいけない会社の将来について、考える時間がなくなってしまいます。
だからこそ、AIを使って作業時間を減らすことには大きな意味があると思っています。
ただ、これは自然にはそうなりません。浮いた時間は、放っておくと別の作業で埋まります。「この時間はこれに使う」と先に決めておくくらいでちょうどいい、というのが実感です。
大切なのは「AIを使うこと」ではなく「何のために使うか」
AIが話題になると、「うちもChatGPTを使わなければ」「会社にAIを導入しなければ」と思ってしまうことがあります。
でも私は、AIを使うことそのものが目的になる必要はないと思っています。
先にあるのは、いつも目的のほうです。
- 毎月3時間かかっている作業を、1時間にしたい
- お客様への返信を、もっと早くしたい
- スタッフの残業を減らしたい
- 社長が営業に使える時間を増やしたい
- 資料作成に追われる時間を減らしたい
そのための方法として、AIが使えるなら使う。Excelで十分ならExcelを使う。既存のシステムを入れたほうが早いなら、それを使う。それでいいと思います。
大切なのは「AIを導入した会社になること」ではなく、「今よりいい仕事のやり方に変えること」です。
これから、どんな事務所を作りたいか
ここまで書いてきたことは、そのまま私が事務所で目指していることでもあります。
作業をAIに任せて時間を作り、その時間をお客様に向ける。そのために、私は事務所の軸を3つに決めました。
- 1. レスポンスが速い聞きたいことがあるとき、すぐに返事が来る。判断に迷う時間を短くすることが、経営ではそのまま価値になると思っています。作業を効率化するのは、この速さを保つためでもあります。
- 2. 一緒に考える数字の報告だけで終わらせず、悩んでいることを聞いて、解決策を一緒に探す。答えを渡す相手ではなく、隣で考える相手でありたいと思っています。
- 3. 会社も相続も相談できる法人税の申告も相続の仕事も、どちらもやってきました。会社のことと、社長ご自身やご家族の資産のこと。分けずに相談していただけるのが強みだと思っています。
この3つは、どれも人の時間がいる仕事です。だからこそ、それ以外のところは思い切って効率化したいと思っています。
私自身も、まだ試している途中です
ここまでいろいろ書いてきましたが、私もAIについてすべて分かっているわけではありません。
新しい機能は次々と出てきます。昨日できなかったことが、今日はできるようになっていることもあります。
だから今も、「これもできるかな」と試しています。うまくいくこともあれば、まったくうまくいかないこともあります。
でも、それでいいと思っています。最初から完璧な使い方を覚えようとするより、目の前の困りごとを一つずつ相談してみる。私自身、それを繰り返してここまで来ました。
この4回で、一番伝えたかったこと
このシリーズでは、給与仕訳を作った話、会計ソフト用のCSVを作った話、数字を照合した話、文章を書いた話、市場調査をした話、ホームページやSNSについて相談した話、業務システムまで作った話をご紹介してきました。
でも、一番伝えたかったのは「AIを使えば、こんなすごいことができます」ということではありません。
私も、最初からAIに詳しかったわけではありません。仕事の中で「これ面倒だな」「何とかならないかな」と思ったときに、聞いてみた。それを繰り返しただけです。
ですから経営者の方にも、まずは会社の中でこう考えてみてほしいと思います。
その中の一つを、AIに相談してみる。それだけでも、仕事のやり方が変わるきっかけになるかもしれません。
AIに任せる仕事が増えても、人の価値はなくならない
むしろ私は、AIに任せられる仕事が増えるほど、人の価値は移っていくのだと思っています。
「何を知っているか」だけではなく、どう考えるか。どう判断するか。どう人と関わるか。そちらのほうへ。
AIが数字を整理してくれる。AIが資料を作ってくれる。AIが選択肢を出してくれる。
そのうえで、人が考える。人が話す。人が決める。
私自身も、任せられる仕事はどんどん任せながら、そのぶんお客様の話を聞くこと。数字の先を一緒に考えること。経営者が決断するときに、そばにいること。そこに時間を使える税理士でありたいと思っています。
AIを使うことが目的ではありません。AIを使って、人にしかできない仕事をもっと大切にする。今の私は、それが一番いいAIとの付き合い方なのではないかと思っています。